AIとの協働について

 最近、AIを用いたソフトウェア開発を趣味でやっており、難航している。凄まじく雑にまとめればAIにとっての文学を音響に変換するソフトウェアを作ろうとしているわけだが、一筋縄ではいかないのは、俺が結局のところどうしたらこのプロジェクトが成立していると言えるのかを俺自身見定められていないことによる。「悲しい」文学であればBGMとして「悲しい」音楽をつける、という研究はすでに行われているらしい。つまらない。文学に限らず、存在が形容詞群に対する一対一対応を取れるという発想に帰着するのであれば、あらゆる創作は未熟な形容詞工学以上の何物でもない。むろん創作活動において製作される存在のはたらきは形容詞群の生成に帰着しうるものではない。文学をいかにその存在という次元において入力とし適切な出力に写像するかという問題を解決する道、すなわちここでは「この出力は存在の存在性をある程度聴衆に納得させられる形で音響化できている」とする出力に至る道を綺麗な形で構成できる理論を思いついていない以上、AIとの共同作業の中で俺の欲望(文学を音楽化したい)を精緻化する以外に手はないわけだが、今までのプロセスは問題を増やすばかりで問題を綺麗に整地・縮減する方向には至っていない。

 

 AI(ChatGPT)が言うには、俺がコメントする内容はしばしば「局所的な直感」においてなされるものであり、「プロジェクト全体の矛盾を突き詰めて行われているものではない」となる。これは俺も納得するところだ。一方でAIの主張によれば、AIは俺のコメントに対して逐一「常に全体モデルを維持しようとする」整合性を重視するところで働いている。もちろんこれらはAIによる自然言語の出力から推定することしかできないわけだが、そういう構造そのものによって、人間とAIとの協働というのは「他者」との共同作業であるほかないのだ、ということを痛感させられる。俺は俺自身がAIに喋っていることを十全に理解している自信がない。そしてAIにとってその逡巡は入力される情報に含まれない。むろんAIが理解を理解しているかについては理解の彼方にある。

 ChatGPTの入力インターフェースの作り方は、入力に対し時間の概念を排除することによって成り立っていることがわかる。入力できない情報は入力できない。入力とは動的な過程を静的に押しつぶす過程でもある。その影響下にあって目下俺からAIに伝達される情報はふたつの段階にわたってノイズにさらされることになる。すなわち①俺が「俺が伝えるべき情報」を正確に理解していない②伝えたい情報が正確に伝達されたか定かでない、ということだ。しかしそれらの障壁の存在こそが俺とは異なる他者がそこに存在していることの証左であり、そのことはコンピュータ黎明期から今に至るまでのプロンプト-出力に関する厳密性の問題と同時に、チャットの履歴、あるいはチャット間における記憶の引き継ぎに関わる記憶の消失の問題とおそらく結びついている。実践的には、他者とは記憶の差異、記憶という概念についての理解の差異を含んだ差異にによって生まれる。

 ここまでのプロセスについてAIは「『AIと人間の共同作業だからプロジェクトが前進している』というより『AIと人間の認知様式の非対称性が前進を生んでいる』」と表現した。極めて弁証法的な発想であり、のちになされた「対話そのものが探索アルゴリズムになっている」という指摘は、なかなかにありがたい含蓄に富む出力ではないかと思うものの、これは人間に対してAIが負荷として現れることの証明でもある。問題を十全に定式化できない、また問題がそもそも存在することが認識できていないユーザーにとって、AIは人間とは異なる記憶様式を持った、おそらく記号の法的な運用に特化した他者として現れるのであり、人間は厳密に記号を法的に取り扱う存在ではない。その意味でAIコーディング?どう呼称すべきかはわからないが、AIを用いた生産的作業というものの領域はあまりにも広大であると同時に、人間のAIに対する理解ならびに人間の人間自身に対する理解の進展なしに有意義に拡張されるものではないと感じている。

5/16

 日記として文章を公開するのをやめようと思った。「俺」という形で書く、そしてそれを直に公開するのを続けていくと意識してもしなくても自我がだらしなく情けなく太っていく感じがあった。精神は自由闊達であるべきだがそれは(おそらく公私の)境界をだらだらにしていいということではない。知性には厳粛さが必要だと思う。厳粛さであって、「厳粛っぽさ」は堅苦しくなるし動きも悪く鈍くなるだけなのでマジでいらないわけだが。これすら本来書かなくてもよさそうだがわざわざ書くのは、馬鹿が世にできる貢献のひとつは自分の失敗とその経路をできるだけ穏当な形で残しておくことだからだ。毎日のように自分の頭が悪いことに落ち込む。そのくせ「自分は馬鹿なんじゃないか」と思ったことが一度もないのではないかという書きぶりの馬鹿な文章が流れてくるのを見る度に殺意が湧いてくる。ここにもまた俺の思い上がり、うぬぼれがある。本質的には頭ではなく心が悪いという感じがする。自分の邪さに打ち勝つ勇気と力強さが欲しい。堕落と退廃に底はなく、際限なく愚劣になる人の世、にもかかわらず天井を知らないかのような高潔さと叡智もまた稀に見られる。危機のあるところ、救いもまた育つ(ヘルダーリン)。情念、そしてそれに象られる偏見に曇らされた想像力を、現実の創造力は(良い方にも悪い方にも)超えていく。涙を流すことのできない心で世界を見ることには何の意味もないが、泣いたままではなにもまともに見ることはできない。涙は拭われなくてはならない。認識は無感動と感傷を排してようやくはじめることができる。涙を拭うことは行為であって、行為は認識に先立つ。

 

 ウナムーノの『スペインの本質』を読んでいてとても面白い。いままでどちらかというとドイツ語圏の思想に、日本と同様後発先進国の悲哀を嗅いで共感をもって読んできた。文明たるフランスに文化で対抗するドイツ、文明=文字たる中国に文化=言霊で対抗する日本。しかしそういえばスペインもまた後発先進国……というか日の沈まない帝国の座をイギリスに奪われそのまま近世が終わり近代が始まり……と考えるとスペインの屈折はより複雑で、そこで育った思考というのも独特なものがある。読んでて左翼とも右翼ともつかないものがある*1。どう面白いかと言われると困ってしまう、ウナムーノは難しいからです。ウナムーノがいっている「血統」とはいったいなんなのか?どうして「血」なのか?歴史を可能にする、歴史の根源としての伝統(逆ではない!)、もっとも深い伝統、普遍的な伝統としての人間。世界の基本構造に空間・時間に加え肉体を入れること(ここはカトリックの影響がある気がする)。差異を可能にする類似の概念。物事の系列や継起をそこから差異や類似が見えてくるようにやわらかに包括する「薄明」というもの。こういうことがぜんぶ流れるように、論理と意志の「薄明」のようなものでつながっているから説明が難しい。しかしとにかくウナムーノの思考にはガッツがある。どっしりと構えている。そこに惹かれる。あと顔が良い。叡智の目をしている。こう何度も「顔が良い」とか書いていると自分がルッキストじゃないかと思えてくるが実際そうでここ数年は意識的にルッキストになろうとしていた。というのは顔が読めるようになりたいというのがあった。顔色を伺うというと聞こえが悪いがその悪さは顔が読めることが悪いというわけではなくて道理を己の弱さで歪めるというところに起因していよう。顔それじたいは論理ではないので分析的に真偽を定められるものではないため読み間違えることは多々あるわけだが、それでもなんとなく注意していると読めてくる感じはあって楽しい。だいたい文章だってまともに読めるものではないだろだいたいは。いわゆる「ルッキズム」の悪いところは顔の読みを貧弱にするということにあるように思われる(価値判断やそれにつらなる差別はルッキズムに特有のものではない)。友人から「顔の前にフィルターがある人」としてレヴィ=ストロースの写真を教えられて見たらたしかにフィルターがぼやーっと広がっている感じがあって面白かった。そういうことがあるし、人間の可能性はいくらでもひろがっていくべきだと思う。

 

 ウナムーノの文章はエッセイのように読めるが論文なのかもしれない(英語圏とかだとエッセイでそのまま論文ということもあるだろう)。あんまきちんと読んだ記憶はないけど西田幾多郎の『善の研究』とか田辺元の論文も現代の論文らしい論文とはあんま似てなくてどちらかというとエッセイという感じがした。

 エッセイと日記はちゃんと考えるなら厳密に分節する必要があるだろうが、少なくともこの様式によって文章を公開するということは、作者の現実世界と文章が地続きになっているというサインを読者に発するということで、この効用についてはアクルトさん(黒浜灯幼さん)も簡便にツイートしていたように記憶している。つまりは入口の問題ということになる。最近こうして日記の形で文章を出すようになって、互いに知り合いではない複数の友人たちから「文章が読みやすくなった」といわれた。この良さを活かしつつ、しかし自我を肥大させずにすむ書き方はないものだろうか。ポイントは意志ないしインテンションということにある気はする。「なぜこの人はこれを書いているのか」が伝わる文章であるかどうか。日記だとタイトルが日付だけってのが入口として優しくない気がしたのが日記形式やめようと思った理由のひとつではある。エッセイはタイトルでどういうことが書いてあるのかちょっとは読者に見えてくるからな。多賀盛剛さんの「感想」シリーズはほんとうに「感想」だとなるので純度生鮮極太直列で気持ちがいい。嘘日記ってのはどうも俺のフィクションの倫理、嘘の倫理が自分に許さない感じがある。そのくせ実在のウェブ記事からそのまま地続きに小説書くやつとかはするんだけど。まあぜんぜん違う話かそれは。

 

 これだけ書いて、やはり普通のことばかり書いているような気がする。結局俺は書くし読むのだから、大切なことは「面白いものを!」に尽きるという感じではある。分かる人には分かるとか、伝わる人には伝わるとかをなぎ倒す、圧倒的に面白いものを!

*1:もっとも、議会の席のどちら側に座っていたかというだけのあまりにバカバカしい起源に由来する概念を、その後三百年近く、いまに至るまで積極的に眼鏡として用いてきたということ自体が、われわれの文明に内在する愚劣さの証であるように一度は思うのだが、しかしおそらくこの右翼・左翼という言葉が誕生したときにはおそらく意味があった。それは人間の根源的な水平性、平等性を空間の比喩によって明らかにした。それはのちの社会主義的な意味での平等ではなくて、むしろここから社会主義が生まれてくるような根源的な平等性のことだ。だが垂直性と同様に(ここから階級という発想が誕生する)水平性もまた空間の比喩を使っているという点でそこに分割可能性を胚胎している。分断はとうぜんありえるものとして想定されていなければならなかった。20世紀の迫力ある思想、ベルクソンにしてもハイデガーにしても田辺元にしてもそうだが、かれらがみな時間について情熱をもって思考したのは、このような空間性の限界が見えたからではないだろうか。少なくとも地球は空間として有限であり何度も書くがアポロたちの月にしろイーロン・マスクの火星にしろそれらは延長された地球に過ぎない。しかし時間は有限・無限の概念を超えている。

5/13

 晴れてる途中で雨が降り、そしてやむ日だと、晴れと雨のコントラストが際立って、雨のことが、そして晴れのことがよりよく伝わってくる気がする。そういう日の労働となった。

 

 橋本治『浮上せよと活字はいう』を読む。橋本治はなんて大人なんだと思う(大人になりたかったは別としても)。大人というのは自分の思想を持っている人、もっといえば自分の思想を持つという人間の義務を果たしている人のことで、自分の思想を持つということは、単に「俺はこう生きる(人生観)」とか「世界とはこうだ(世界観)」とか「アレは良いよね/ダサいよね(趣味判断)」とか、個別の分野についてなにか言える状態にあるということではなくて、知的な部分で「何がやってきても大丈夫」と思える自信があるという状態のことだと思う。知識の問題ではない。何かがやってきて、それが「わかんねえなあ」となったとして、そこで「俺にはわからん」になるんじゃなくて「いっちょやってみっか」と思えるという自信。本の中でも「分かるまでに時間をかけてはいけないんだろうか?」というようなことも書いてあった気がする。橋本治の大丈夫感はすごい。「サブカルチャー」という言葉がたぶん一回も出てこなかったのが印象的だった。メインカルチャー(活字文化)はサブカルチャー(雑誌文化)を理解していない・理解しようともしていなかった、と書くこともできたはずだがそうはしない。知性にメインもサブもないからだ。知性という本道、人間の正統。「私は、活字=文字こそがあらゆる文化の中心となるべきものだと思っている」と堂々と言える橋本治はすごい。背骨が太い。この迫力があるから思想家となったのだと思う。芸術家も同じように思うのかは分からないが。

 

 1993年の連載で「オタク」について書いている箇所がある。

 

「どうせあいつらに何を言っても分からないのだから、お前らは活字なんてものから離れてしまえ」と。進歩的な声、、、、、は軽薄に囃し、そして若者達は離れて、そしてどうなっただろう?人は言葉によって思考し、その思考を言葉によって整理するという、人間の根本をどこかへ見失ってしまっただけだ。「人にとって思考と認識とは、人である限り続く義務であり権利である」ということを見失って、「言葉こそが権力の源泉であって、言葉を流通させることこそが悪だ」という、錯覚に至った。量だけが膨大にあって、通交することを忘れた無意味なモノローグだけが氾濫した。「オタク」というものは、そんな言葉に関する錯覚によって生み出された、文化の中の孤児だ」。

 

 この2年後にエヴァンゲリオンが放送されると思うとものすごいものがあるが、「量だけが膨大にあって、通交することを忘れた無意味なモノローグだけが氾濫した」というところには今だとSNSのことを思い出さずにはいられない。上の意味だとSNSには「オタク」しかいないといってもいいんじゃないか。リプライ機能があるからそうでもないのか?うーん……それはそうとしてモノローグよりすごいものがあって、それはリツイートだった。ドン・デリーロの『ボディ・アーティスト』には、主人公に気づかれずに主人公の家の屋根裏にいて、死んだ主人公の夫の声をぜんぶ記録していたかのように喉から発する男が出てくるが、「自分で書くこともできるはずなのにリツイートしかしないアカウント」はそれに比べてあまりにも散文的でありそしてそこそこいる。懸賞ツイートばかりリツイートしているならまだそのモチベはわかるが、ただ人が書いている文章をそのまま自分のタイムラインに流したいというのはどういうことなのか。あまりにもだるくなってしまっていて、思考も感性も外注してしまおうということなんだろうか。たしかに俺だって橋本治ほど賢い人の文章を読むと「もう考えるのは橋本治に任せてしまって良いんじゃないかな」という気持ちが少しも湧かないといったら嘘になるが、しかしそれはできない。『ぼくたちの近代史』かどっかで、「橋本治という思想を作るまでは大変だった」と書いていた気がする。けっきょく最後の最後まで自分を支えられる思想は自分がつくった思想しかない。これは別件だが引用リツイートは本当に嫌いだ。それをやる当人がどう思っているかとかは関係なく、もうそのUIが「みなさーん!コイツこんなこといってますよー!」って言っているのと同じだからだ。ほとほとSNSにはムラしかないと思う。そこに都市はない。しかしそれはアーキテクチャにやすやすと膝を屈する敗北主義の姿勢だ。実際SNSで出会った人びとによってかなり俺は変わった(気がする)。SNSだけではなく、自分の外部はつねにある。この世界へかつて向けていたワンダーな気持ち。俺は確かに橋本治が大人になることを決断した子供だなと思う。そして「みなさん大人になりましょう」と言っているのも分かる。だが心の何処かで、やっぱり大人になりたくねえよお〜〜〜と思っている自分もいるのだ。もう三十代だぞ!?何をやっているんだ!?

 

 お笑いを基本的に見ないし金については(直接的には)払わない。なぜなら「金を払って笑わせてもらう」という構図そのものが悲しすぎるからだ。行ったことないが吉本新喜劇とかお笑いライブとか、支払いはどのタイミングで行われるんだろうか。やっぱ満席とかなってるのを見るとライブ前に払うのか。ライブ前に払ったらもうそのことで悲しくなってしまってやりきれない。せめて笑った後に金を払うシステムにしたほうがいいんじゃないか。いやしかしそれはそれで「ああ、笑うために金を払わなきゃいけないんだよなここは……」を笑った後に思い出して悲しくなるのか。詰みじゃん。お笑い芸人という存在のことは尊敬している。演劇、小説、音楽、芸術、もちろんお笑い芸人もそうだが何をやってもいい。ただ他の分野はそれが観客にどのような感情を引き起こしてもいいのだが、お笑い芸人は笑わせなければならない。こんな過酷な条件が課された「何をやってもいい」はそうそうない。『ジョーカー』は芸人、コメディアンでなければ成立しないと思う。ジョーカーは笑いから逃げられない。

 人を笑わせることが職業として成立する文明というのはなにか根本的に間違っているという感じはずっと抱いている。こどものころ、川の水の質感が水道水の質感とは違うことにおどろいたり、シオカラトンボの水色を追ったり、丘を転がり落ちたりしてそれだけでよかった。田舎はそういうことができる。どうしてそういうことの延長線上に文明を築こうとしなかったんだろうか。回るわけないだろということなのか。そんなことない気がする。こどもの感じをベースにすることを条件にしたら、たしかに歴史もなく人口もいまより遥かに少なかっただろうけれども、みんな幸福でいられたんじゃないのか。人間の生がそもそも苦役であるということを前提にすればこれらの疑問は解消されるが、そんなことでいいのか。大人がろくな大人にならないままで許されているのに、こどもにものすごいスピードで大人になれと迫る文明が築かれている。なぜ大人がろくな大人にならないで許されることと、こどもに大人になれと圧力をかけることが並列しうるのかといったら、この激甚的大人になれ圧力がこどもを完全にへし折り諦めて良いんだというふうにするからで、もう適当でいいやということを正当に学んだこどもたちが適当に「こども」をやり適当に「大人」をやるということになるのではないかという気がする。諦めという概念が大人であることとつながっているみたいな話は一度も理解できたことがない。端的に間違っていると思うし、この社会は組織的に人間を抑うつ的にするようにできているとしかいいようがない。不登校になったことのあるやつは賢くて強いとずっと思っている。おれはそこまで賢くも強くもなかった。

 

 もちろん教育は最終的には人間の知性の手に負えるような概念ではない。教育はほとんど神秘の領域にあり、教育に希望を託すタイプの啓蒙家たちはほとんどそのことを認識していない。にもかかわらず教育は可能であり、啓蒙は可能だと思う。そもそも人間はすべてから学べるようにできているのだから。楽観主義は悲観主義に勝つ。なぜなら楽観主義は諦めることを知らないからで、愛とは諦めないということだという気がした。

 

 

大江健三郎の核兵器 ──『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』について

 俺は大江健三郎をめちゃくちゃ読んでいるわけではないが、にしても「女性自身」の記事を読んだときにはびっくりした。

 

jisin.jp

 

――大江先生が小説を書けないと悩んでいらっしゃるとお聞きしました。    

 

「いえ、悩んでおりません」    

 

――お酒の量が増えていて、奥様もご心配されているとお聞きしました。    

 

「お酒もあまり飲みません。(妻も)心配しておりません。私たちは健全です」  *1

 

 

 俺は「健全」という言葉にびっくりしたのだった。

 

 大江の『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』は潜在的な内なる狂気への恐怖に狂うこと、その恐怖と対峙するということが通底していると思う。これは裏を返せば健全であることに取り憑かれていることでもあるわけだが、大江本人が2017年の直撃取材に答えて「私たちは健全です」と言ったというのが書かれていると流石に迫力がある。『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』は1967年から1969年というずいぶん昔に書かれているというのに。

 

『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』がどういう小説群であるかについては大江じしんが先に書いている。

 

 これらがすべて《狂気》を主題としていることについては、ぼく自身にとってはまことに具体的に明瞭な理由がある。肉体=魂の死にあたって、内在化された詩がその人間の唯一ゆいいつの支えであるとすれば、魂の死である狂気にたちむかうための支えもまた、その狂気の接近を恐怖と苦痛とともに見すえている者にとって、かれの内部の錘、あるいは燃えるトゲたる、詩にほかならないはずではあるまいか?*2

 

 ここで狂気は「魂の死」として定義されており、肉体=魂の死、物質的にして霊的な文字通りの死とは区別されている。病気、事故、戦争といった、物質的な死の外的要因は見定めることができる。だが魂の死は? その死はどこから忍び寄ってくるのか? 「狂気の接近」と大江は書くが、たとえば肉体=魂じしんの中から死に至らしめる何かがせりあがってくるとき、どのように詩は肉体=魂、あるいは狂気に対峙する魂を支えるというのか。大江にとっての詩すなわち肉体=魂につきささっている燃えるトゲのようなものを杖のようにして自らを支えようとしたならば、トゲはますます肉体=魂に奥深く食い込み、肉体=魂は失血死へ転がり落ちていきそうにも思える。だが大江が書くのは詩ではなく小説だった。

 小説は対峙=記述の手段として分離という方法を採用する。収録された小説ではおおむね、惑星的な定点といってもいい、動きながらも機能としては静的な観察者と、遊星的な、動的な活動者の関係が設定される。これ自体はよくある小説の方法のひとつにすぎないが、大江は両者の間に理性ではない繋がりを設け、それによって狂気が、一方からもう一方へ感染あるいは鏡像的に投影される契機を用意している。理性を越えたつながりとは例えば血であり(『走れ、走りつづけよ』における「僕」と「従兄」、『父よ、あなたはどこへ行くのか?』における「僕」と「父」)、土地である(『核時代の森の隠遁者』、『生け贄男は必要か』、『狩猟で暮したわれらの先祖』における四国の「谷間」)。この分離によって、語りそのものが狂気となる危険(それは機能として小説の失敗である)が回避され、結果として小説は読み手に主題を伝達する機能を維持することができる。なんとなれば対峙=記述そのものが距離の導入であり、小説内における分離の企みは小説の小説性じたいを小説に埋め込むことでもある。大江はこの小説集であまりにもまっすぐに詩(のごときもの)を小説に埋め込むのだが、「肉体=魂の支えとしての詩」という観念の伝達が目指されるとき、それは伝達という機能を目指すものであるからして詩にではなく小説に包まれるのが妥当だった。

 感染や鏡面的な投影と書いたが、ここで狂気(未成のものを含めて)は、独特な均衡のうちに働いている。

 

 僕は従兄にあたえられた先入見をあらためて、あの肉体女優こそなかなかintelligentだ、と考えていた。すくなくともマーク・トウエンを仔細に読んでいることは確かだ。もっとも僕はレセプションの残りの数十分のあいだ、それ以上にペネロープ・マンダリンのことを考えることはなかった。僕は自然にマーク・トウエンのもうひとつの滑稽こっけいな短篇小説『私が農業新聞をどんなふうに編集したか』のことを思い出し、そこでひとりの憂鬱症の男が《頭がおかしくなれば遅かれ早かれ、結局は人殺しをするようなことになる》とつねづね考えており、奇妙な農業新聞を読み発狂したと思いこんで、叫びたて人殺しに出かけるくだりのことを考えていたからだ。すなわち僕は従兄と僕に共通の祖父の狂気について考え、正気と狂気の微妙なはざまで強盗殺人をおかした幻のイトコのことをもまた考えていたのである。*3

 

こういうわけで最悪のえと怒りの日をすごしたかれは、ついに敵意に燃えさかりながら野に叫ぶ人となったのさ。谷間の人間を救済するためにというよりは、あたかもかれ自身が、核時代の魔の代弁人として攻撃をしかけてくるとでもいうように、例の説教を叫びたてつづけるようになったんだ。

 

   ………………………………

   核時代を生き延びようとする者は

   森の力に自己同一化すべく ありとある市

   ありとある村を逃れて 森に隠遁せよ!

   ………………………………*4

 

 ……あの夜のことで、もうひとつだけ鮮明に覚えているのは、幼い指導者が、あの復員兵は毎晩ひとりずつ子供を自分の寝床にいれて悪いことをしていたんだ、お前もそれをされただろう? しかし、あいつを逆に食ってやったから、もう大丈夫だ、おれたちは変態にはならない、といったことです。*5

 

 僕は妻にはじめて「山の人」たちの話をした。もしこの流浪する六人組の家長が、一九四四年のテント生活を経験した「山の人」たちのうちのひとりであるなら、僕は谷間の子供のひとりとして、幾度かかれをいじめたにちがいない。かれらは二十年以上、流浪してきた。そして谷間の人間の誰もが、なおかれらから報復されていないとすれば、あるいは僕がその役割を果たさねばならないのかもしれない。*6

 

その時僕は新しい憂鬱ゆううつ症の霧が自分のまわりに立ちこめてくるのを感じ、そしてはじめて明瞭にさきほどあの彫刻が僕をうちのめしたのはあすこで僕が現前、、している父親を感じたからだと意識する糸口をつかんだ。それから僕は、自分が謹厳な父親に叛逆、、してスキャンダラスな情人と逃げる途中、追いかけてきた父親によってむりやり引き戻されたために、結局はその自分を待ちうけていた筈の、情死あるいは痴話ちわけんのはての横死からまぬがれた放蕩ほうとう息子のようだと感じたのである。めた心で追いつめてみるなら、それはいささかも根拠のない妄想もうそうの連鎖にすぎないわけではあるが、つねに醒めているのではない僕の内面でのつながりに即していえば、僕はあの彫刻との出会いの瞬間から、急ブレーキをかけるつもりで女装した友達のペニスをつかまえてしまうまで、なにものかにとりつかれて行動していたのだという感慨をいだく。そしてこの僕にとってなにものかが自分にとりついて生死を支配しうるとすれば、それはたとえ僕の想像力のうちにのみ実在するものであれ、死んだ父親より他の力であるとは考えにくいのである。*7

 

 ある事態にたいして対となる事態がある、というよりあらねばならないという均衡の構造。冷戦期の世界でその頂点に位置する狂気の均衡構造こそが核抑止のシステムである。しかし一般に核抑止とは国家間の関係について言及されるものであって、作家のような個人とは直接的な関係をもつものではないように思われる。いったい個人がアクターとなる核抑止、核兵器の均衡というようなことが考えられるのだろうか?

 

『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』は三部構成となっており、そのうちの第一部は「なぜ詩でなく小説を書くか、というプロローグと四つの詩のごときもの、、、、、、、」と題された自身の創作論を述べたものになっている。俺はここに書かれた小説と詩の相違についての記述に引っかかる。長くなるが引いてみる。

 

小説の言葉においては、機能こそがその主体である。小説の言葉の実質とみえるものは、この機能を包みこんでいる殻のごとき存在にすぎない。機能が十全に発揮されたあと、当然にそれは抜け殻のごときものとなある。そして言葉のかさばりかたの制限値は美学的にきまっているのであるから、機能をより充実させるために、言葉の殻はできるかぎり薄くなければならない。しかし充満した機能が外被をつきやぶってしまわないように強靭きょうじんな殻でなければならないことも当然である。したがって小説の言葉の殻は、ロケットの構造にもちいられる特殊な合金のようにも、薄く軽く強靭であって、そのうちがわに豊富な機能をしこんでいるという性格のものであることが望ましい。

 ところが詩の言葉においては、機能が問題たることはもとよりであるにしても、実質もまたおおいに問題なのだ。金属の比喩ひゆをもういちど用いるなら、詩の言葉の質量は可能な限り大きくなければならない。その上、詩の言葉においては、機能とそれを包みこむ殻とをわけることができない。詩においては、放射性物質を包む鉛の厚い殻のように、重くぶあつい殻が鋭い放射能をもった微粒子をぎっちりと包みこんでいるのであって、読み手にはそもそも、詩そのものを破壊することなしには殻をとりのぞくことは不可能だ。*8(強調は引用者)

 

 そして第二部および第三部のタイトルは、それぞれ「ぼく自身の詩のごときもの、、、、、、、コアとする三つの短篇」、「オーデンとブレイクの詩をコアとする二つの中篇」とある。いくつかの比喩がもたらすイメージ同士が結び合わされた時に現れるのは、放射性物質を包む鉛の厚い殻に覆われた、核としての詩を、軽量の合金の言葉によって包み込んだロケットとしての小説である。それは冷戦期を象徴する、核弾頭を搭載したICBM、大陸間弾道ミサイルのイメージ以外の何物でもない。ここには核兵器としての小説が並べられているということになり、大江は核兵器を製造しているということになる。『ヒロシマ・ノート』を書いた人間をそんな風に形容してよいのかとも思うが、俺にはそういう風にしかこの部分を読むことができない。*9理性、理念のレベルが太陽の下、昼のレベルであるならば、核兵器としての小説という概念は、地下奥深くで蠢くもの、夜のレベルに位置する。大江は昼と夜どちらの顔も持っているということであり、俺は夜について今考えている。

 にしても詩の言葉を放射性物質を包む厚い鉛の殻という比喩で語ったのは強烈なことで、この前段では人間の死について次のように語られている。

 

 様ざまな時代の、様ざまな地方の戦闘で、むごたらしくもたおれた兵士の背嚢はいのうからしばしば詩集が発見されるという報告は何を意味するのだろうか? それは人間が、明瞭めいりょうな意識をそなえたまま、目前に自分の肉体=魂の死を見つめるとき、自分がひとつの、あるいはいくつかの詩を内部にひそめたまま殪れるにちがいないと、はっきりみきわめざるをえないからであろう。自分の肉体=魂の死が、現にいまうごいている心臓や脳中軸の破壊とともにおとずれるように、それはまた、現に自分の内部にある、ひとつの臓器のような詩の破壊とともにやってくると感じられるからであろう。*10(強調は引用者)

 

 人間もまた自分の肉体=魂のうちに詩を(ひとつの臓器のように)宿している。すると、人間と核兵器と大江健三郎がここで作り上げた小説およびその小説観は、構造上同型であるように見えてくる。ふたたび核兵器の火が解放されることが世界の終末だとするならば、同型において、人間の死はそのつどに世界の終末を意味する。放射性物質のように、詩の破片が撒き散らされる、人間の死。

 とまで書いたがここには微妙な嘘がある。核兵器とここで大江が書いた小説の同型性までは言えても、人間が同型と言えるかは微妙なところがあるからだ。臓器は肉体そのものではないが、臓器は肉体に包みこまれており、また肉体じしんを構成してもいる。肉体としての人間は、小説の言葉のように捉えるにはあまりに詩に近すぎるのだ。人間は小説であると同時に詩でもあると考えるのが穏当なところだろう。小説としての人間、肉体に実質はなく機能に実質がある人間を貧しい肉体、肉体=魂が分かちがたく融合している詩としての人間を豊かな肉体といっていいかもしれない。*11人間は貧しい肉体と豊かな肉体を併せ持っているのだが、即物的なレベルで話をすれば、臓器を取り除いてしまったら人間は死んでしまう。が、ロケットが必ずしもその内側に放射性物質を搭載している必要はないのと同じように、小説もまた詩を必ずしも内包する必要はない。だが大江はおそらくそういい切ることができないだろう。

 

ぼくは様ざまな詩人たちの詩に関心をいだきつづけないわけにはゆかない。それはぼくが小説を書いている時間は、日常生活のごく一部分にすぎないのであって、一般に言葉に無関心でない人間が、かれの肉体=魂を、ひとつの、あるいはいくつかの詩のおもりにさしつらぬかれないで生きることはできないからである。*12

 

 詩なしに生きることができないとしたら、かれにとり詩は肉体=魂からそれを破壊することなしに摘出できないということになる。そしておそらく小説は同じ地位にはない(「ぼくが小説を書いている時間は、日常生活のごく一部分にすぎない」)。ある生き方によって、詩と小説の関係は背反ではなく必要条件として設定される。そして、詩を内在化した小説家という肉体=魂は、放射性物質を覆う鉛の殻を内部に宿したロケットのようになる。それは小説でもあり詩でもあるという肉体=魂からは微妙にズレている。これら肉体に対する小説やら詩やらという比喩は比喩であるので実在する肉体は詩でも小説でもない。だが大江が小説家であるのは事実であり、その肉体の比喩がどれくらい比喩の領域に厳密にとどまっていられるだろうか。そしてその肉体が書き表す小説が、どれほどその比喩としての肉体から離れていられるだろうか。実際の大江の肉体が詩なしでは「生きることはできない」と書くのだ。「文字通り詩(の引用)が含まれていない小説であれば、その小説は詩を含んでいない」とは言い切れない(言い切れるのは純粋に形式的な問題においてのみである)。

 

 国家が核兵器を持つのなら、みずからも核兵器をもたねばならない。核兵器があるのなら、核兵器であらねばならない。先に書いたように、このことを記述することによって、記述それじたいが持つ距離の生成というはたらきが、すんでのところでわたし=核兵器という狂気をかいくぐらせる。「わたし=核兵器」を書くことは「わたし=核兵器」そのものではないからだ。それは核時代の恐怖、均衡への衝迫から狂気へと陥らないための生き延びる方法であり、その意味で大江は「核兵器」をつくることで核兵器をつくらずに済んだといえる。

 

 ここまでのことは「比喩を本体として読む」ということに全面的に寄りかかっており、その点で狂っているのかもしれない。だが、比喩とくに直喩という、現代において遅すぎる表現がまだ生存を許されるとしたら、それは本文、言語の論理により緊密に組まれた堅固なネットワークから飛び出すほどに鮮烈で、それじしんの論理を持って言語のネットワークを編み直せるほどの、イメージの論理への扉として機能するかどうかにかかっているのではないか。

 俺は今後さらに大江の本を読み進めることがあったとしても、「もっとも大江健三郎である本はどれか」と言われたら『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』だと答えるだろう。「道を教えよ」ということは道を知らないということだ。大江の小説というのは、狂気により狂気を乗り越えようとするような、自己との差異(すなわちA=AかつA≠Aという運動)によって延々と汲み出されつづけるエネルギーの奔出であり、はたしてそれが健全というべきものなのかは俺にはわからない。小説という営為が大江健三郎という人間の生を支えきったことは確かだと思いたいのだが。

『走れ、走りつづけよ』という凄まじいタイトルは、「僕」の「従兄」が、かれの「父親」から与えられた言葉だった。その言葉は「従兄」が事件によって半身不随になり、「従兄」と彼の車椅子を押す「僕」を、「従兄の父親」が「罪人さながら直立不動で立ったまま」じっと見送るようになってからも「従兄」の中に響き続けており、また「僕」に受け渡されるものとなる。「従兄」は「走り、走りつづけよ」から降りるために走れなくなることへ走っていったのであり、もはや走れないということを残りの生涯でまた走り続けることになる。自力で走ることができない「従兄」の車椅子を動かすのは「僕」だが、その物理的な構造上「従兄」はつねに「僕」の先を走り続けることになるからだ。そしてわずか先頭を「走る」「従兄」から、わずか後方で車椅子を押す「僕」へ向けて、次のような言葉が投げかけられるとき、「従兄」の魂は「狂気」と「狂気を回避したこと」を重ね合わせられた、つまりはA=AかつA≠Aであるものとして、父と子の垂直的な血の流れと、従兄弟という水平的な関係が重ね合わされた道に沿って「僕」に、そして言葉というそれ自体は血から自由でもありうる道を通じて読者に与えられるのだ。

   本当に、いま車椅子を押しているきみと、半身不随の僕との、どちらがこの世界の今日と明日を我慢しやすく感じるか、形勢が逆転する時がくるよ! いますでにきみは、僕といれかわりたい気分なのじゃないか? しかし、同じ血が流れているからといって、そうはいかないぞ。いまの僕の状態は本当に大きな勇気を発揮して獲得したものなんだからね、きみは発狂しそうに怖くても自分で自分の始末をつけなければならない!*13

 

 

*1:「大江健三郎さんが死去 最後の長編小説後に本誌が目撃した「神経症療法」病院通い」https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/2187322/, 2025年11月1日閲覧。

*2:大江健三郎『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』p17, 新潮文庫, 1975

*3:同上, p73

*4:同上, p135

*5:同上, p185

*6:同上, p219

*7:同上, pp373

*8:大江健三郎『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』pp13-14, 新潮文庫, 1975

*9:  『ヒロシマ・ノート』にもまた、均衡の観念が登場している。

 この人間の世界について、善悪二元論とでもいうべき考え方を適用している人たちは、すでに数多くはないだろう。それは滅びてしまった流行だ。しかし、ひとりの被爆者の意識の宇宙には、突然に、ある夏のこと顕現した、絶対的な悪があり、そしてそれ以後、忍耐づよくそれと拮抗きっこうして、この世界に人間的なバランスを恢復しようとする善があるはずであろう。(大江健三郎『ヒロシマ・ノート』p110, 岩波新書、1965、強調は引用者)

*10:大江健三郎『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』p12, 新潮文庫, 1975

*11:社会において肉体はほとんどの場所でそれ自身ではなく、たとえば健康という機能において捉えられていることは労働の場面でおなじみだろう。限界的な例外が性の領域である。限界的といったのは、それが純粋に肉体そのものの、そのものへの営為であるかのように一見思えつつも、やはりそこには機能的な要素が浸透していることを疑うべくもないからだ。『走れ、走りつづけよ』に出てくる肉体派女優ペネロープ・マンダリンの魅力的なキャラ! もちろんここまでひとつも大江に対する批判を書いていないのと同様に、貧しいという言葉にも批判する意図はない。ベンヤミンが『経験の貧困』という言葉を使ったように、貧しさという言葉は時代を反映するものでありうるとともに時代の可能性にもなりうる。ところで俺はここでエルンスト・ユンガーが『労働者』で書いた、「個々人の戦闘力はもはや個人的な価値ではなく、機能的な価値である。言い換えれば、ひとは戦死するのではなく、壊れるのである」というフレーズを思い出す。総力戦という経験はその後の世界において、そこに生きる人々の魂の内奥にまで刻み込まれたらしい。第二次大戦後如実に進む詩の散文化は、実質的な人間、「人間性」という言葉が有意味であった時代の人間、詩としての人間の衰退と、機能としての人間、小説としての人間の全面化が進んでいったことの反映だろうか。背嚢に詩集を入れる兵士たちがいた時代の戦争では、人びとはまだ戦死することができると思っていたのだ。

*12:大江健三郎『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』p11, 新潮文庫, 1975

*13:同上, p95

5/11

 昨日部屋の中で羽虫? チョウバエ? とにかく虫を殺した。今日帰り道にすんでのところでムカデを踏みそうになって回避した。回避したあと「ムカデが死ななくてよかった」と思った、そのすぐあとで「でも俺は昨日ハネムシを殺したんだよな」と思った。ゴキブリも殺さないが肉も魚も食べる人を知っている。ステーキを食べようとしたときにどこからか牛の悲鳴が聞こえて以降、肉食をしなくなった人を知っている。これは倫理の話というよりも感知の話だと思う。殺すことについて考えるとき、考えることからはじめることには嘘があるような気がする。一切の生命を殺したことがない人はたしかにいるのかもしれない。ジャイナ教の教祖はどうだったんだろうか。でもだいたいの人は何らかの形で生命を直接的、間接的に殺したことがあると思う、スーパーで買った肉を食うとか、殺虫剤を使ったことがあるとか。そうすることができたということ、そのとき何を感じて何を感じていなかったのかということを捉えるということは、それなしに殺すこと・殺さないことの倫理を構築しようとすることよりはるかに大事なことだと思う。倫理を理解しようとして殺すなんてことは論外だが。またここでも「ために」が出てくる。なんだか、理由や因果というものは、人が作ろうとしてはいけないもののような気がしてきた。わざわざその存在を敵視する必要もないとは思うが。シュルレアリスムにいっとき惹かれていまはそうでもない理由の一端もそこにあるのかもしれない。中之島美術館でやっていたシュルレアリスム展に行ったことを思い出した。イヴ・タンギー、ジョルジュ・デ・キリコ、ジョアン・ミロ、オスカル・ドミンゲスが好きだ。マグリットは好きだけれどもいまはこっちじゃないんだよなと思った(北脇昇もそんな気がする)。ダリの絵を見ていると顔射されているみたいな気持ちになる。最後の部屋にあったがポール・デルヴォーは話にならない。運命という言葉は嫌いじゃなくて、いっとき『自由の余地』とか読んだりしていたがアレ読んで俺は自由に関心があっても自由意志が存在するかどうかには関心がないんだなと思ったのを思い出す。自由という言葉でなにを求めているのか、託そうとしているのか、そこを発見するのが大事だろうと思う。

 

 いっとき「ここではないここへ」と思っていたりもしたが、やっぱり俺はオルタナティブとかアンダーグラウンドとかサブカルチャーって言葉が好きではないのだと思う。そこでやっている人の営為がとかではなくて、言葉の問題として「他の」とか「地下」とか「別の」とかいうニュアンスに、本道、正統みたいなものからの逃避を感じるのだろう。ぜんぜん逃げていいはずなのにな、そう感じるのだから仕方がない。それでいうとアヴァンギャルドという言葉は好きだ。戦闘性も好ましい。でも前衛、前線はいまどこにあるのだろう。おれはそれをつかめていない。全体的にぐちゃぐちゃで、かと思えば靄がかかっているだけの気もする。おれの認識力、分析力が低いせいだろうか。ゲリラ戦においてはすべての場所が前線になる。ゲリラの時代、遊動的な陣地戦ということになるのだろうか。そうなってくるとテロとのつながりのことを考えてしまうのだけど。機動戦かテロは。グラムシを読まないままここまできてしまった。あるいは恒常的に戦闘状態にあるという考え方の対価についても考える。しばらくエルンスト・ユンガーに触れていない。『共産党宣言』(だっけ?)にある(よな?)の「労働者は鉄鎖のほかに失うものをもたない。労働者が獲得するのは全世界である」というフレーズの「全世界」が好きだ。局所的な陣地戦ではない。世界であるようなことでありたいのだ。世界と宇宙は異なるということに数年前に気づいた。おれは人よりも気づくのが遅い。みんなが二十歳くらいで気づくことに三十歳くらいになってようやく気づく手合いだ。寿命が三百歳くらいないと割に合わない。でもみんな同じように気づいているんだろうか。みんなそれぞれの気づきがあって、気づいていないことがあって、木の枝のように交わらないまま伸びていく、風のたわみでたまに枝と枝が触れる、という感じじゃないのか。吉本隆明が『読書の方法』で、どうして周囲の人びとよりも書物の世界の人のほうと自分は通じ合っているように感じるのかについて、二つの答え方をしていた。一つは書物の世界の人も自分と同類で、周りと通じていないと感じているからというもの。もう一つは、実はそう言わないだけで、周りの人も同じように周りと通じていない感覚をもっているのではないかというもの。吉本は後者の答えを好み、後者の人びとを忘れないようにしよう、そして前者の人びとにできるだけ近づかないようにしようと心がけたらしい。これは感知をしたうえでの倫理だと思う。おれは世界についての感じをちょっと感知できている気はするが、宇宙を感知しているだろうか?

 靄で思い出したが、好きな文章が「病気の文章」とか「うつっぽい時にハマった」とかいわれるのを見るとつらい。おれがうつっぽいとして、おれはうつが治ったとしてもそこに大事な物があると思ったのだという感覚を忘れたくない。それは記憶しておきたいということではなくて持続したいということだがそれもあまり良くない欲望なのではないかと田中遵聖が「神秘体験」についていっていたことを思い出しながら考える。田中のことばはすごいきらめいているのだが、あれは神のうちにやすらいでいる人間の凄みというよりも、徹底して神と向き合っている人間の凄みという気もする。安らぎではない。厳しさである。おれが最近好きになる人びとはみんな自分なりの緊張感、あるいは自分なりの厳しさをもっている。とくに酩酊するということにかんして徹底的に距離を置いている。ジョアン・ミロは酒も薬物もやらないと書いていた。タバコはどうだったんだろう。今日俺は酒を飲んでタバコを吸った。中崎町の深夜喫茶マンサルドがいったん閉店するのだ。おれの脳は抑圧的な傾向があるように思われるので、酒を飲むとちょうどよく柔らかくなる感じがするのだが、どうなんだろうか。アル中になることには惹かれない。父も、酒造りをしていた父の父も酒をものすごく飲んでいた。でも『ジョン・バーリコーン』を書いたジャック・ロンドンの文章には今も惹かれる。酒の作り出す文化が好きだ。酒なしでそれをやれることができたら、と、おれは本当に思っているのか怪しい。

 

 舞踊が大事だと思って帰り道とか夜中に家の中や家の外で舞いだしている。コンテンポラリーダンスの教室ってあるのか?だけどこれはいったん自分だけでやったほうが良い気がしている。クラシックピアノは先生に習った。ヴァイオリンは部活でやっていて先生の存在は半分という感じだった。ジャズピアノや書き物は習ったことがない(字はきっと幼稚園や学校で習ったけれども)。ひとりで最初から全部やるというのはどこかで躓くというのが定石という気はするが、その躓きの性質はどちらかというと洗練という問題にある気がしている。おれがいま、大野一雄やニジンスキーを通じて舞踊が大事だと思っている気持ちは洗練の部分に反応しているわけではない。わざわざ肉体ということをまとってうまれてきた生命が何を宇宙から託され、それがどう宇宙へと答えることができるのか。あるいは宇宙としてなにができるのか。そういうことにおいておれは舞踊に興味があるのだ。

 

 最近の日記はまとまりすぎている気もして、まとまりのない文章を書こうという気になってそうした。でもぼんやりとしたまとまりはある気がする。まとめようとすることから自由になることは難しい。

5/10

 朝5時くらいまで友人と通話し、寝て起き即出勤、よく間に合ったと思う。話しながら俺はまだまだ人間としてダメだなあと思っていたところ「自分は常に完全な自分」という発想がもたらされ感銘を受ける。思えば中学校ぐらいの時からずっと「俺は自己否定でやっていく」「自己否定即自己肯定」「人間は完全を志向しなければならない」と思って生きてきたような気がする。倫理の時間に教わった「善く生きる」とか弁証法とかを変に受け止めたのかな? そりゃ壊れるだろという感じもするし自分だけがそうすべきだと思っているならいいとしてなぜ俺は俺だけではなく人類全員に完全たろうとすべき、完成するべきと思っていたのか謎すぎる。そりゃずっとぜんぶにキレてるよ。まあ自己否定でやってきたことにもいい面はあって俺はひとが言うことで真っ当だなと思ったことがいちいち深く刺さる。影響を受けすぎるところは考えものだと思うけれども、人の話がまったく刺さらないよかマシではあろう。「常に自己を否定し自己を超克する」みたいな冷静に考えるといろんなゼロに向かってプラス・マイナスし続けるみたいなやり方よりかは「さらにそのつどある俺、変わっていく俺そして世界」と考えたほうが健康だし実際人間と世界の関わりの仕組みはそういうバイブスでできている気がする。ベルクソンあたりもそういうバイブスだったような感じがある。最初から思考のうちに限界を画定しようとするカントみたいな考え方がたぶんベルクソンにはしっくりこなかったんだよな。

 引き続き田辺元『数理の歴史主義展開』を読んでいる。数学を全然やってきていないためマジで全然わからんがそれでも核心の部分は変わってないと思う。無を中軸に据えた弁証法。それで数学の発展まで考えようとするのはさすが気合の入った哲学者だと思うが、おれこっちにはもう行けねえよと思う。即っていう言葉の語感は馬鹿っぽくて好きだよ。数年前に見たホー・ツーニェン『ヴォイス・オブ・ヴォイド』のことを思い出したりした。VRのヘッドセット?を装着すると、モビルスーツみたいなのに乗っている自分の耳元で田辺元「決死」ASMRが発生し、そのうちに自分の乗っている機体がバラバラになるみたいな感じだった記憶がある。死んだって感覚はなかった。多分意図的に自分の死を少し後ろから眺めているようなイメージを構成するようにしてあったと思う。

 

 死を思考することはできない。ただ感じることはできるような気がする。生きている誰もが死んだことがない。ではどうして死という概念を発想しえたかといったら、「あっなんかこいつ変だな、動かないな、たぶん二度と動かない気がする」ということは感じられるということからきていただろう。デュシャンが言ったという「死ぬのはいつも他人です」はそういう意味では正しい。自分の死後ということはおそらく他人の死後を生きることができるということから想像することはできるがそれを想像することにどれほどの意味があるのかは俺にはわからない。ただ、他人の死後を生きているということには考える意味があるような気がする。ひとりの人間が死ぬごとにそのつどひとつの世界が滅びる。その人の視点から開けていた景色の旅が終わる。物質と空があり、ものも空も景色を引き継がない。世界は引き継ぐことができるか。

 なにかまとまりのいいことを書こうという欲が出てきたのでやめる。

 

 

5/9

 間違えて出勤してしまい(どういうこと?)、梅田でひとりほっぽりだされてしまったが食べ歩きをしたり友人にカフェに誘ったりしてもらえて良い日になった。ありがたいよ。色んな話をする、実生活の話から思想?非実生活的な話まで。当たり前の話だが、言ったり書いたりするかしないかは別としてみんな生活のことばかりじゃなくて色々考えて生きているんだよな、と思うし、そのことを感じられることはそれ自体が良いことだと思う。書かれたものの弱点はそこに書かれたものしか読めないという方向へ人を誘いがちということで、当たり前の話だがSNSやらブログやらに何も書かないからといってそいつが何も考えていない思っていないということにはならない。これは何かを話したり書いたりする際に守られるべき最低限の倫理のはずだがどうも忘れられていっているように思える。書かれたことだけ、さわれる「もの」だけをベースにして話をしないでほしい。そんなことはAIでもできるしできるのか?今できるのかどれくらいやれんのかは知らないがいずれできるようになるだろう。ベースド(based)な行為というものは人間という仕事としてはあまり上等なものじゃない。わけのわかる境界を越えた曖昧模糊なフロンティアで勇気を持って行為せずして何が人間か!どうした?

 

 これを機にと思い、ずっと前から行きたかった古本屋に行き、衝撃を受ける。店名は教えることができません。見つけられる人に見つかる場所であってほしいから……何様? とにかく雰囲気の桁が違うという感じだった。あまりに本が積まれているので見たい棚なのに見ることすら怪しい。ずっと「まだ何かあるんじゃないか」という気にさせられ続ける。そんな店内ということもありおれは本の山をうっかり三つばかり崩してしまいました。身体の挙動が下手で申し訳ありません。久々に本を買うために追加で金を下ろしました。買ったのは、これを逃したら買えんだろうと思った時里二郎『胚種譚』、異常なまでに安かった吉岡実『サフラン狩り』、ずっと読みたかったベルクソン『思考と動き』、この人物のことを知りたいという気になるクロード・レヴィ=ストロース&エリボン『遠近の回想』、そして『ピアソラ自身を語る』。もっと欲しい本はあったが流石に貧困のうちに死去してしまうのでぐっとこらえる。また来たい。

 

『遠近の回想』をめくったらいきなりレヴィ=ストロースは「厳密な意味での日記」をつけたことはないという話が出てきた。「自分の精神状態をマリノフスキーほど重要だとは思っていない」という。記憶力に自信がないがそれを補うために日記をつけることもしたくないという思考。記憶の資本的な運用をしたくない、たえず変化し続けるフロンティアで動き回りたい、ただその時々の仕事をしっかりとやりたい、その仕事の痕跡には興味がない。いい姿勢だな、と思う。書くことの種だと思って色々経験するという考え方は貧乏くさくて好きではないのだが、それでもこうして日記?を書いているところには、ここからなんかアイデアの種が芽吹かねえかな、という下心がないといえば嘘になる。まあ仕事モードのレヴィ=ストロースは記録をつけまくるわけだが、その姿勢が彼の場合自分の精神には向かないということだと思う。「自分のすること、自分のあり方に、私は一種の本能的な不信感をもっているのでしょうね」というフレーズが印象に残った。

 

 昨日ツイッターのスペースで話していたのだが、俺は自分が3月に書いた日記の内容を綺麗さっぱり忘れていた。そしてそのことをとくに悲しいとも思っていなかった。でも誰かは読んでくれたりして、その感想を聞くとびっくりする(忘れているので)と同時にありがたいという気持ちになる。たぶんおれが書いたことの内容よりも、そのコミュニケーション、接続が起こったことの方が大事だと思う。そう考えると日記というのはどうも自己への接続を志向するところがあって、これはレヴィ=ストロースとは別の意味で、おれは自分のあり方に不信感、というか違和感を抱いているということだと思われる。そういう意味では、日記としての日記を書くというのは、「自分が何をしているのかを自分で分かっている、感じられている」というニジンスキー的な理性をおれが働かせられていないということなのかもしれない。昔大学の先輩に「あなたには知性はあるが理性がない」と言われたこととか、友人に「法はあるが倫理はない」と言われたこととかを思い出したりする。