俺は大江健三郎をめちゃくちゃ読んでいるわけではないが、にしても「女性自身」の記事を読んだときにはびっくりした。
jisin.jp
――大江先生が小説を書けないと悩んでいらっしゃるとお聞きしました。
「いえ、悩んでおりません」
――お酒の量が増えていて、奥様もご心配されているとお聞きしました。
「お酒もあまり飲みません。(妻も)心配しておりません。私たちは健全です」 *1
俺は「健全」という言葉にびっくりしたのだった。
大江の『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』は潜在的な内なる狂気への恐怖に狂うこと、その恐怖と対峙するということが通底していると思う。これは裏を返せば健全であることに取り憑かれていることでもあるわけだが、大江本人が2017年の直撃取材に答えて「私たちは健全です」と言ったというのが書かれていると流石に迫力がある。『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』は1967年から1969年というずいぶん昔に書かれているというのに。
『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』がどういう小説群であるかについては大江じしんが先に書いている。
これらがすべて《狂気》を主題としていることについては、ぼく自身にとってはまことに具体的に明瞭な理由がある。肉体=魂の死にあたって、内在化された詩がその人間の唯一の支えであるとすれば、魂の死である狂気にたちむかうための支えもまた、その狂気の接近を恐怖と苦痛とともに見すえている者にとって、かれの内部の錘、あるいは燃えるトゲたる、詩にほかならないはずではあるまいか?*2
ここで狂気は「魂の死」として定義されており、肉体=魂の死、物質的にして霊的な文字通りの死とは区別されている。病気、事故、戦争といった、物質的な死の外的要因は見定めることができる。だが魂の死は? その死はどこから忍び寄ってくるのか? 「狂気の接近」と大江は書くが、たとえば肉体=魂じしんの中から死に至らしめる何かがせりあがってくるとき、どのように詩は肉体=魂、あるいは狂気に対峙する魂を支えるというのか。大江にとっての詩すなわち肉体=魂につきささっている燃えるトゲのようなものを杖のようにして自らを支えようとしたならば、トゲはますます肉体=魂に奥深く食い込み、肉体=魂は失血死へ転がり落ちていきそうにも思える。だが大江が書くのは詩ではなく小説だった。
小説は対峙=記述の手段として分離という方法を採用する。収録された小説ではおおむね、惑星的な定点といってもいい、動きながらも機能としては静的な観察者と、遊星的な、動的な活動者の関係が設定される。これ自体はよくある小説の方法のひとつにすぎないが、大江は両者の間に理性ではない繋がりを設け、それによって狂気が、一方からもう一方へ感染あるいは鏡像的に投影される契機を用意している。理性を越えたつながりとは例えば血であり(『走れ、走りつづけよ』における「僕」と「従兄」、『父よ、あなたはどこへ行くのか?』における「僕」と「父」)、土地である(『核時代の森の隠遁者』、『生け贄男は必要か』、『狩猟で暮したわれらの先祖』における四国の「谷間」)。この分離によって、語りそのものが狂気となる危険(それは機能として小説の失敗である)が回避され、結果として小説は読み手に主題を伝達する機能を維持することができる。なんとなれば対峙=記述そのものが距離の導入であり、小説内における分離の企みは小説の小説性じたいを小説に埋め込むことでもある。大江はこの小説集であまりにもまっすぐに詩(のごときもの)を小説に埋め込むのだが、「肉体=魂の支えとしての詩」という観念の伝達が目指されるとき、それは伝達という機能を目指すものであるからして詩にではなく小説に包まれるのが妥当だった。
感染や鏡面的な投影と書いたが、ここで狂気(未成のものを含めて)は、独特な均衡のうちに働いている。
僕は従兄にあたえられた先入見をあらためて、あの肉体女優こそなかなかintelligentだ、と考えていた。すくなくともマーク・トウエンを仔細に読んでいることは確かだ。もっとも僕はレセプションの残りの数十分のあいだ、それ以上にペネロープ・マンダリンのことを考えることはなかった。僕は自然にマーク・トウエンのもうひとつの滑稽な短篇小説『私が農業新聞をどんなふうに編集したか』のことを思い出し、そこでひとりの憂鬱症の男が《頭がおかしくなれば遅かれ早かれ、結局は人殺しをするようなことになる》とつねづね考えており、奇妙な農業新聞を読み発狂したと思いこんで、叫びたて人殺しに出かけるくだりのことを考えていたからだ。すなわち僕は従兄と僕に共通の祖父の狂気について考え、正気と狂気の微妙なはざまで強盗殺人をおかした幻のイトコのことをもまた考えていたのである。*3
こういうわけで最悪の餓えと怒りの日をすごしたかれは、ついに敵意に燃えさかりながら野に叫ぶ人となったのさ。谷間の人間を救済するためにというよりは、あたかもかれ自身が、核時代の魔の代弁人として攻撃をしかけてくるとでもいうように、例の説教を叫びたてつづけるようになったんだ。
………………………………
核時代を生き延びようとする者は
森の力に自己同一化すべく ありとある市
ありとある村を逃れて 森に隠遁せよ!
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……あの夜のことで、もうひとつだけ鮮明に覚えているのは、幼い指導者が、あの復員兵は毎晩ひとりずつ子供を自分の寝床にいれて悪いことをしていたんだ、お前もそれをされただろう? しかし、あいつを逆に食ってやったから、もう大丈夫だ、おれたちは変態にはならない、といったことです。*5
僕は妻にはじめて「山の人」たちの話をした。もしこの流浪する六人組の家長が、一九四四年のテント生活を経験した「山の人」たちのうちのひとりであるなら、僕は谷間の子供のひとりとして、幾度かかれをいじめたにちがいない。かれらは二十年以上、流浪してきた。そして谷間の人間の誰もが、なおかれらから報復されていないとすれば、あるいは僕がその役割を果たさねばならないのかもしれない。*6
その時僕は新しい憂鬱症の霧が自分のまわりに立ちこめてくるのを感じ、そしてはじめて明瞭にさきほどあの彫刻が僕をうちのめしたのはあすこで僕が現前している父親を感じたからだと意識する糸口をつかんだ。それから僕は、自分が謹厳な父親に叛逆してスキャンダラスな情人と逃げる途中、追いかけてきた父親によってむりやり引き戻されたために、結局はその自分を待ちうけていた筈の、情死あるいは痴話喧嘩のはての横死からまぬがれた放蕩息子のようだと感じたのである。醒めた心で追いつめてみるなら、それはいささかも根拠のない妄想の連鎖にすぎないわけではあるが、つねに醒めているのではない僕の内面でのつながりに即していえば、僕はあの彫刻との出会いの瞬間から、急ブレーキをかけるつもりで女装した友達のペニスをつかまえてしまうまで、なにものかにとりつかれて行動していたのだという感慨をいだく。そしてこの僕にとってなにものかが自分にとりついて生死を支配しうるとすれば、それはたとえ僕の想像力のうちにのみ実在するものであれ、死んだ父親より他の力であるとは考えにくいのである。*7
ある事態にたいして対となる事態がある、というよりあらねばならないという均衡の構造。冷戦期の世界でその頂点に位置する狂気の均衡構造こそが核抑止のシステムである。しかし一般に核抑止とは国家間の関係について言及されるものであって、作家のような個人とは直接的な関係をもつものではないように思われる。いったい個人がアクターとなる核抑止、核兵器の均衡というようなことが考えられるのだろうか?
『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』は三部構成となっており、そのうちの第一部は「なぜ詩でなく小説を書くか、というプロローグと四つの詩のごときもの」と題された自身の創作論を述べたものになっている。俺はここに書かれた小説と詩の相違についての記述に引っかかる。長くなるが引いてみる。
小説の言葉においては、機能こそがその主体である。小説の言葉の実質とみえるものは、この機能を包みこんでいる殻のごとき存在にすぎない。機能が十全に発揮されたあと、当然にそれは抜け殻のごときものとなある。そして言葉の嵩ばりかたの制限値は美学的にきまっているのであるから、機能をより充実させるために、言葉の殻はできるかぎり薄くなければならない。しかし充満した機能が外被をつきやぶってしまわないように強靭な殻でなければならないことも当然である。したがって小説の言葉の殻は、ロケットの構造にもちいられる特殊な合金のようにも、薄く軽く強靭であって、そのうちがわに豊富な機能をしこんでいるという性格のものであることが望ましい。
ところが詩の言葉においては、機能が問題たることはもとよりであるにしても、実質もまたおおいに問題なのだ。金属の比喩をもういちど用いるなら、詩の言葉の質量は可能な限り大きくなければならない。その上、詩の言葉においては、機能とそれを包みこむ殻とをわけることができない。詩においては、放射性物質を包む鉛の厚い殻のように、重くぶあつい殻が鋭い放射能をもった微粒子をぎっちりと包みこんでいるのであって、読み手にはそもそも、詩そのものを破壊することなしには殻をとりのぞくことは不可能だ。*8(強調は引用者)
そして第二部および第三部のタイトルは、それぞれ「ぼく自身の詩のごときものを核とする三つの短篇」、「オーデンとブレイクの詩を核とする二つの中篇」とある。いくつかの比喩がもたらすイメージ同士が結び合わされた時に現れるのは、放射性物質を包む鉛の厚い殻に覆われた、核としての詩を、軽量の合金の言葉によって包み込んだロケットとしての小説である。それは冷戦期を象徴する、核弾頭を搭載したICBM、大陸間弾道ミサイルのイメージ以外の何物でもない。ここには核兵器としての小説が並べられているということになり、大江は核兵器を製造しているということになる。『ヒロシマ・ノート』を書いた人間をそんな風に形容してよいのかとも思うが、俺にはそういう風にしかこの部分を読むことができない。*9理性、理念のレベルが太陽の下、昼のレベルであるならば、核兵器としての小説という概念は、地下奥深くで蠢くもの、夜のレベルに位置する。大江は昼と夜どちらの顔も持っているということであり、俺は夜について今考えている。
にしても詩の言葉を放射性物質を包む厚い鉛の殻という比喩で語ったのは強烈なことで、この前段では人間の死について次のように語られている。
様ざまな時代の、様ざまな地方の戦闘で、むごたらしくも殪れた兵士の背嚢からしばしば詩集が発見されるという報告は何を意味するのだろうか? それは人間が、明瞭な意識をそなえたまま、目前に自分の肉体=魂の死を見つめるとき、自分がひとつの、あるいはいくつかの詩を内部にひそめたまま殪れるにちがいないと、はっきりみきわめざるをえないからであろう。自分の肉体=魂の死が、現にいまうごいている心臓や脳中軸の破壊とともにおとずれるように、それはまた、現に自分の内部にある、ひとつの臓器のような詩の破壊とともにやってくると感じられるからであろう。*10(強調は引用者)
人間もまた自分の肉体=魂のうちに詩を(ひとつの臓器のように)宿している。すると、人間と核兵器と大江健三郎がここで作り上げた小説およびその小説観は、構造上同型であるように見えてくる。ふたたび核兵器の火が解放されることが世界の終末だとするならば、同型において、人間の死はそのつどに世界の終末を意味する。放射性物質のように、詩の破片が撒き散らされる、人間の死。
とまで書いたがここには微妙な嘘がある。核兵器とここで大江が書いた小説の同型性までは言えても、人間が同型と言えるかは微妙なところがあるからだ。臓器は肉体そのものではないが、臓器は肉体に包みこまれており、また肉体じしんを構成してもいる。肉体としての人間は、小説の言葉のように捉えるにはあまりに詩に近すぎるのだ。人間は小説であると同時に詩でもあると考えるのが穏当なところだろう。小説としての人間、肉体に実質はなく機能に実質がある人間を貧しい肉体、肉体=魂が分かちがたく融合している詩としての人間を豊かな肉体といっていいかもしれない。*11人間は貧しい肉体と豊かな肉体を併せ持っているのだが、即物的なレベルで話をすれば、臓器を取り除いてしまったら人間は死んでしまう。が、ロケットが必ずしもその内側に放射性物質を搭載している必要はないのと同じように、小説もまた詩を必ずしも内包する必要はない。だが大江はおそらくそういい切ることができないだろう。
ぼくは様ざまな詩人たちの詩に関心をいだきつづけないわけにはゆかない。それはぼくが小説を書いている時間は、日常生活のごく一部分にすぎないのであって、一般に言葉に無関心でない人間が、かれの肉体=魂を、ひとつの、あるいはいくつかの詩の錘にさしつらぬかれないで生きることはできないからである。*12
詩なしに生きることができないとしたら、かれにとり詩は肉体=魂からそれを破壊することなしに摘出できないということになる。そしておそらく小説は同じ地位にはない(「ぼくが小説を書いている時間は、日常生活のごく一部分にすぎない」)。ある生き方によって、詩と小説の関係は背反ではなく必要条件として設定される。そして、詩を内在化した小説家という肉体=魂は、放射性物質を覆う鉛の殻を内部に宿したロケットのようになる。それは小説でもあり詩でもあるという肉体=魂からは微妙にズレている。これら肉体に対する小説やら詩やらという比喩は比喩であるので実在する肉体は詩でも小説でもない。だが大江が小説家であるのは事実であり、その肉体の比喩がどれくらい比喩の領域に厳密にとどまっていられるだろうか。そしてその肉体が書き表す小説が、どれほどその比喩としての肉体から離れていられるだろうか。実際の大江の肉体が詩なしでは「生きることはできない」と書くのだ。「文字通り詩(の引用)が含まれていない小説であれば、その小説は詩を含んでいない」とは言い切れない(言い切れるのは純粋に形式的な問題においてのみである)。
国家が核兵器を持つのなら、みずからも核兵器をもたねばならない。核兵器があるのなら、核兵器であらねばならない。先に書いたように、このことを記述することによって、記述それじたいが持つ距離の生成というはたらきが、すんでのところでわたし=核兵器という狂気をかいくぐらせる。「わたし=核兵器」を書くことは「わたし=核兵器」そのものではないからだ。それは核時代の恐怖、均衡への衝迫から狂気へと陥らないための生き延びる方法であり、その意味で大江は「核兵器」をつくることで核兵器をつくらずに済んだといえる。
ここまでのことは「比喩を本体として読む」ということに全面的に寄りかかっており、その点で狂っているのかもしれない。だが、比喩とくに直喩という、現代において遅すぎる表現がまだ生存を許されるとしたら、それは本文、言語の論理により緊密に組まれた堅固なネットワークから飛び出すほどに鮮烈で、それじしんの論理を持って言語のネットワークを編み直せるほどの、イメージの論理への扉として機能するかどうかにかかっているのではないか。
俺は今後さらに大江の本を読み進めることがあったとしても、「もっとも大江健三郎である本はどれか」と言われたら『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』だと答えるだろう。「道を教えよ」ということは道を知らないということだ。大江の小説というのは、狂気により狂気を乗り越えようとするような、自己との差異(すなわちA=AかつA≠Aという運動)によって延々と汲み出されつづけるエネルギーの奔出であり、はたしてそれが健全というべきものなのかは俺にはわからない。小説という営為が大江健三郎という人間の生を支えきったことは確かだと思いたいのだが。
『走れ、走りつづけよ』という凄まじいタイトルは、「僕」の「従兄」が、かれの「父親」から与えられた言葉だった。その言葉は「従兄」が事件によって半身不随になり、「従兄」と彼の車椅子を押す「僕」を、「従兄の父親」が「罪人さながら直立不動で立ったまま」じっと見送るようになってからも「従兄」の中に響き続けており、また「僕」に受け渡されるものとなる。「従兄」は「走り、走りつづけよ」から降りるために走れなくなることへ走っていったのであり、もはや走れないということを残りの生涯でまた走り続けることになる。自力で走ることができない「従兄」の車椅子を動かすのは「僕」だが、その物理的な構造上「従兄」はつねに「僕」の先を走り続けることになるからだ。そしてわずか先頭を「走る」「従兄」から、わずか後方で車椅子を押す「僕」へ向けて、次のような言葉が投げかけられるとき、「従兄」の魂は「狂気」と「狂気を回避したこと」を重ね合わせられた、つまりはA=AかつA≠Aであるものとして、父と子の垂直的な血の流れと、従兄弟という水平的な関係が重ね合わされた道に沿って「僕」に、そして言葉というそれ自体は血から自由でもありうる道を通じて読者に与えられるのだ。
本当に、いま車椅子を押しているきみと、半身不随の僕との、どちらがこの世界の今日と明日を我慢しやすく感じるか、形勢が逆転する時がくるよ! いますでにきみは、僕といれかわりたい気分なのじゃないか? しかし、同じ血が流れているからといって、そうはいかないぞ。いまの僕の状態は本当に大きな勇気を発揮して獲得したものなんだからね、きみは発狂しそうに怖くても自分で自分の始末をつけなければならない!*13