この世からもし「いじめ」というものをなくしたいと思うなら、まず今の学校システムをなくせばいいと思っています。つまり、学校にいじめがあるのではなくて、学校という構造がそもそもいじめなのだと思います。
参政党ってなんなんだろうなと最初に思ったのはたしか2年前くらいで、梅田の大混雑する大阪富国生命ビル前交差点の真ん中で、「ひとり街宣」をやっている40代前半くらいの男性を見たときだった。「ひとり街宣」といってもとくにその人は演説してるわけでもなくて(スピーカーは足元に置いていたような気もする。止めたか休んでいたのかもしれない)、声掛けもしないまま(あるいは声がクソ小さかったのかもしれない)チラシをおずおずと前に差し出しては誰にも受け取られていなかった。完全に素人といった感じがあり、浮いてはいたが異様という風ではなかった。オレンジ色の政党シャツを着て青信号になっても歩かないことを除けば、そこを通る周りの人々にやすやす溶け込むだろうな、という人だったというのがあるだろう。いろいろと「すげーな」とは思った。一般的な政治組織なら素人に「ひとり街宣」なんてさせるか? 日中に経験者つけてやるだろ。しかしその男性はひとり黙々と立ってチラシを持った手を前後させていた。
参政党の「憲法案」がひどいという話が目に入って、見るまでもなくそりゃそうだろう、現代日本にひどくない憲法を書けるだけの知性とハートのある人間なんかおらんでしょ……しかしひどくない「憲法」がありますか? 国って誰?何様? とか思いつつぼーっと「参政党 憲法」といったあたりで検索したんだろうが、「創憲チーム責任者(この字面からしてすでに凄い)」である安達悠司氏が東大寺学園を卒業して京大法学部を出た「エリート弁護士」であることが分かったり*2、やっぱり憲法草案*3がひどいなということが分かったりした。なぜひどいなと思ったのかは後に回すとして、俺が「んんー……」という気持ちになったのはその安達氏が書いた「参政党の憲法草案」という記事を見てからだった。
「参政党創憲チーム」は新憲法草案を作るに際し、「今までのいくつかの常識を取り払わなければ」ならなかったという。そうして出てきたのが、
②法律の専門家の難しい議論から出発するものではない
③一人一人が憲法に入れたい条文を全国の党員から集めたい
という3つの発想だ。俺は①に「そうかなあ」と思い、②に「その通りだ!」と思い、③に「マジで!?」と思う。そして俺は次の部分に衝撃を受ける。
このような発想に立って、まず10人余りのメンバーで条文アイデアを出し合い、憲法案の試作をしました(一昨年5月)。
次に、全国で憲法のグループワークを開き、約1時間で憲法案をつくって模造紙で発表してもらいました(昨年1-2月)。
最後に、全国の各地域(11ブロック)から半年ほどかけて憲法案をつくり発表してもらいました(昨年12月)。
こうして全国から集めた多くの案から、できるだけ重なっている部分を中心に抜き出し、構成を組み立て、33か条にまとめました。*4
正直、感動してしまったところがある。何に感動したといえば、人々が3年という時間をかけて一生懸命にやってきたことがわかるからであり、俺は人が一生懸命にやっていることに素朴に感動するのでやっぱり感動する。一番感動したのは「模造紙」です。すごくないですか? この記事を読むまで「模造紙」という発想は俺にはなかった。やっぱり憲法をゼロから作るならデッケエ模造紙を広げたいだろ。お高く止まった巻物やら石碑やらじゃなくてさあ!
そして、俺がこの記事で一番「んんー……」となったのもこの引用部分ということになる。
この記事は参政党についての記事ではないのでここで参政党の憲法草案のどこがひどいと思ったかを説明する。参政党は「改憲チーム」ではなく「創憲チーム」で憲法草案を作っているので、これはゼロから新しい憲法を作るということになり、すなわち新しい国を作るということになる。
大日本帝國憲法から日本国憲法へ移り変わったとき、憲法は文体を変えた。文語体から口語体へ。新しい国は新しい言葉によって作られる(ついでにいえば、大日本帝國憲法ができたときは、近代的な「憲法」自体が新しい言葉だったんだと思う)。小説と一緒で、冒頭がダメなものは話にならない。俺はこの憲法草案を読めない。憲法としては新しい文体だという人がいるかもしれない。この草案の前文を、口語体になった日本国憲法の前文よりはるかに読みやすいと感じる人がいるかもしれない。だが俺はこれを「新しい文体」として認めることができない。秩序の「序」が変換できないのはまだいいとしよう(んあ?)。同じ前文の中に「国」と「國」の表記が並列するのは、「体」と「體」が並列するようなもので、そんなからだは分裂している。そうなってしまえば当然ひとつの「文体」にはならない。そしてこの憲法草案の中で、「國」という表記が使われるのは「國體」だけだ。
なぜこんなことになるのかは想像がつくというか、草案三十三条で憲法改正発議の要件が現在の日本国憲法の「各議院の総議員の三分の二以上の賛成」から「半数」に緩められていることからもわかるのだが、参政党は憲法を変えることを柔軟、というより簡単にしようとしている。「模造紙」が使われたグループワークで憲法草案の作成に要したのが「約1時間」であることからもそれはわかる。大事なのはこの「創憲」プロジェクトは記事にもある通り「帰納的に」なされているという点だ。
コンセプトが先にあったのではありません。
そりゃゴチャゴチャもしよう。前の引用部分も思い出してほしい。「こうして全国から集めた多くの案から、できるだけ重なっている部分を中心に抜き出し」たのがこの憲法草案である。帰納的であること自体が悪いとはいわない。もっとも民主的であるとすらいえるかもしれない。できるだけ重なっている部分を中心に抜き出すという姿勢は多数決の原理を(そしてその原理だけを)尊重しているといってもいい。*6
俺は「参政党」という党名に惹かれる人間の気持ちはわかる気がする。今まで参加できなかったけれども、初めて参加できる、という感覚には浪漫(ロマン)を覚える人もいよう。本当に「参加」できなかったのか、どのような意味で「参加」できなかったのか、とかあるかも知れないが、そういうことよりも俺はこの党名を、英語名「The Party of Do it Yourself」たる党名を掲げられたとき、最初に参加するのが「政治」であればよかったのに、ということが一番哀しくなる。
彼らはゼロから始まらなかった。「国」や「政治」や「憲法」に参加する前に、やすやすと「日本」を受け入れてしまっている。「憲法は国民の思いやアイデアを形にしたもの」という発想は、憲法の中身をどう作るかというhowという意味でいわれるのであって、whatの意味ではない。まさしくDIY的ではある。「なにを作るか」をDIYは教えてくれない。*7
彼らは日本において極めて国家主義的であることと、その中に「DIY」のような横文字が入り込んでくることに違和感を持っていない。同様にして、同じ憲法の前文の中で「国」と「國」の表記が並列することにも違和感を持っていない。当然違和感なく「創憲チーム」と書くことができる。なぜならそれらが全部併存している日本国憲法下の日本、ことに平成の日本で彼らが育ったからで、彼らはその日本が好きだからだ。「参政党の憲法草案」の記事中に登場する「國體(こくたい)」という表記は、ウェブが登場しなければまずお目にかかることがなかっただろう。紙の本ならルビにするだろうし、こう表記するにしても全角カッコを使うだろう。
俺が感動と同時に「んんー……」となった憲法草案の形成プロセスを読んでその光景を想像したとき、最初に思い浮かんだのは平成がもたらしたであろう教室の風景だった。ディベート、ポスターセッション、アクティブ・ラーニング……ファシリテーター(これは何?)やらグループワークといった横文字も平成の大学で徐々に現れてきていた記憶があるが、どうだろうか。参政党の主要支持層は、これら平成の「教育学的」遺産をリアルタイムで経験した世代ではなくて、もうちょっとだけ上の世代だと思うが、大事なことは彼らの「学校」経験が必ずしも楽しいものではなかった可能性が高いということで、そのことは参政党の「3つの重点政策」のド頭に「学力(テストの点数)より 学習力(自ら考え自ら学ぶ力)の 高い日本人の育成」*8が置かれていることからも示唆される。「つぶれろ、駿台、」からはじまる茂木健一郎氏の名ツイートは2014年、平成26年になされている。
つぶれろ、駿台、つぶれろ、代ゼミ、つぶれろ、河合塾、つぶれろ、東進ハイスクール、つぶれろ、ありとあらゆる、偏差値を計算する、くされ外道予備校ども、みんなつぶれろ! 日本の10歳、11歳、12歳、13歳、14歳、15歳、16歳、17歳を、偏差値奴隷から解放せよ!
— 茂木健一郎 (@kenichiromogi) 2014年3月8日
テストやら詰め込みやら偏差値やらといったものが押し寄せてくる「実際の教室」での経験があまり幸福なものではなかったとして、しかし現在に至るまでの「教育学的成果」を取り入れつつ再び教室のような光景へ回帰していくというのはどういう理屈なのか。
現在の生産年齢人口(15-64歳)は、「昭和」より「平成」を長く生きた人々によって占められている。「昭和」の人間はもはや定年退職しており、いまの日本を動かしているのは「平成」の人間たちだ。令和というのはあまり幸福な始まり方をしなかった。いきなりコロナでその次は戦争である。平成が終わったのはたかだか7年前の話だからまだ記憶が比較的鮮明であり、昔というのは幸せに見えがちなものだ。こうして平成は良き時代となる。
オリコンチャートが無意味化していったこと、紅白歌合戦の視聴率がひたすらに低下していったこと、SMAPが解散したこと、などなど……平成を通じて日本人が共有するイメージは次々に衰弱へ向かっていった。こうやって共有イメージを剥ぎ取っていった場合、現代の日本で最後に残りうる具体的な共有イメージというのは、義務教育期間の学校、その記憶しかなくなる。実際の学校の思い出は大していいものではないが、学校という制度 多くの子供が最初に意識的に出くわすことになる、国家による構造的暴力 自体は嫌いにはなれない。「教室」に戻れば、みんながいる気がする。教育が「3つの重点政策」の冒頭に置かれる理由は過去の点数的な劣等感だけではないと思う。
俺はいまだに平成という時代に思い入れを持てない。リアルタイムでも同時代の文化にはほとんど関心を持てなかった。でも平成について一番「あーあ」と思ったのは平成が終わったあと、令和になってからのことで、旧弊を「昭和の価値観」と平然と書く人間が大量に発生するのを見たときだ。あれ、平成ってありませんでしたっけ? まるで昭和と令和が直結してるみたいな言いようですけど、30年くらい間にありませんでしたっけ? なんで平成のうちになんとかしなかったんですか? と思った。平成は昭和という過去に対してまったく無力であり、責任能力を欠いているかのようだった。
実際には平成という時代にはとんでもないことがたくさん起こったし、何も試みられなかったわけではない。だが平成が振り返られるとき、その卑小な、幼稚な側面は今に至るまで見て見ぬふりがなされ続けている。「昭和の価値観」といって過去の「ひどさ」を一足先に退場した「昭和」へ押し付けるかと思えば、「平成レトロ」とかいって過去の「美しさ」においては「昭和」に追随しようという、圧倒的な節操のなさを発揮する「平成」。この「平成」の精神は歴史修正主義という点で参政党と同一のものを持っているし、参政党の(歴史)教育に対する愛憎のありようと、平成の昭和に対するそれは「真正面から戦っても勝てないので、相手とまともに向き合うことを避ける」という卑小さにおいて共通している。まあ同じことから「とらわれなさ」とか「身軽さ」とか「細かいことは気にしない」とか「どんな手を使っても勝つ」とか「一発逆転」とか「下剋上」とか出てくるのかもしれないので人によっちゃ好きなんだろうけど。
参政党とは令和になってから「昭和の価値観」とのたまうような「平成」によって生み出されたものだ。「平成の価値観」(そんなものがあったとしてだが)を振り返る素振りもなしに日夜大騒ぎがなされているのを見ると、この日本はまさに今「平成」によって作られているんだなあと俺は思うんだが、どうなんでしょう。*9
補足1:日本国憲法は奇妙な憲法ではある。日本国憲法は日本人だけで作った、というのは正しくないが、GHQだけで作ったというのも正しくない。参政党の憲法草案は3年かかっているのに対し日本国憲法は終戦から1年で公布までいっておりそれであのクオリティなのでイカれているのでは? と思ったが、憲法を作るってことは時間や人数の問題じゃないのかもしれない。ベアテ・シロタ・ゴードンという人がいて、人権、とくに女性の権利について憲法草案に入れようとして、ある程度条文に残ったけど(24条や14条)、ほとんどは通らなかった。彼女は法律の専門家ではなくて、それでもいろんな国の憲法の条文を集めたりして、いい憲法を作ろうとした。凄まじい短期間で。
ベアテ 聞きたい? 私が土井先生と一緒にイベントに出演した時のことです。私は「土井先生、あなたと同じイベントに出るのは私はとっても恥ずかしいです。だって、あなたは憲法の研究者で、Professorです。私は本当に法律の素人です。本当に素人なんです」って言いました。
伊藤 確かにそうですけど、そこまで恥ずかしがらなくても(笑)。
ベアテ 「私は弁護士じゃないですから」とも言ったんです。そうしたら土井先生が言ったのは「あなたが弁護士じゃなかったから、こういう“女性の権利”について書くことができたんだと思います。もし弁護士だったら、たった9日間でこういうものは書けない。“この意味はこうで”とか、“この権利はどうでしょうかね”とか言って、とても大騒ぎになって書けなかったと思う。あなたの条文を読むと、それが心から出てきたっていうことが分かります。あなたが心から書いたものだから、弁護士みたいな他の人には書けなかった」と言ってくれました。土井先生の指摘は、本当にそうだと思ってます。*10
日本国憲法は日本人が作ったともGHQが作ったとも言い切れないけど、人間が作った憲法であることは間違いなくて、それはたぶん良いことだった。それもあって俺は憲法を改正したり新しく創ったりするときには外国人にも参加してもらったほうがいいんじゃあねえかとか考えたことがあるんだけど、多分これはそういう制度的に上手くやれるようなことじゃなくて、日本国憲法に再現性はないのかもしれない。
補足2:青春を国家へ直結させようとするありようは「ロマン主義」とか「浪漫主義」とか呼ばれていて、基本的にロクでもない。「令和ロマン」という名前のお笑いコンビがM-1で勝ち上がったと聞いたとき、令和ってロクでもない時代になるんだろうな、と思った。
*2:https://go2senkyo.com/seijika/184681, 2025年7月9日閲覧。
*3:https://sanseito.jp/new_japanese_constitution/, 2025年7月9日
*4:https://go2senkyo.com/seijika/184681/posts/1109193, 2025年7月9日閲覧。
*5:同上, 2025年7月9日閲覧。
*6:アマチュア性を最大限に活かそうとするシステムによって提出された参政党の憲法草案が人権を軽視しているという事実は、思いがけず国家と人権の関係の核心を照らすことになる。居住・移転の自由は、封建制を解体し近代化を達成するうえで必須となった極めて重要な権利であるはずだが、「国境」はこの権利をあからさまに侵害する。すなわち、国家はその存在そのものが重要な基本的人権を構造的に侵害するようにできている。国家と人権の関係は容易に融和しえないものであって、「日本」ひいては「国家」を好むであろう参政党の構成員たちが「みんなで」つくった憲法草案において、このように人権が無下にされるということはさほど不思議なことではない。
*7:同じようなことを俺は「チームみらい」にも感じている。ホームページを見れば一番最初に「チームみらいは、 未来のために手を動かす "実践型"の新党です」(https://team-mir.ai/#about, 2025年7月9日閲覧。)とあって、やっぱり手を動かすのだった。彼らは「日本」のかわりに「技術」を受け入れたのであって、オープンであり、帰納的である。チームみらいの党員や支持者がSF好きなのかは知らないが、SFは「テクノロジーが未来を変える」ことではなく「テクノロジーによって変わった未来」や「テクノロジーが未来を変えてしまう」ことを書いてきたのではなかったのか。「テクノロジーによって変わった未来」ではテクノロジーは背景であり、「テクノロジーが未来を変えてしまう」ではテクノロジーに相対する人間が書かれるということになるはずで、いずれにせよ技術は主体ではありえない。SFを読んでここにテクノロジーがある! ってなりますか? そこにあるのはフィクションであり、抒情であり、思想であったと思うのだが。「テクノロジーで未来を変える」ではなく「テクノロジーが未来を変える」と書かれた段階で、政治そして政治以上のものが放棄されるであろうということが示唆されるわけだが、実際俺には、howだけがある空虚なシステムへ「過去」を流し込むのが参政党であり、「未来」を流し込むのがチームみらいであるとしか思えない。本文より先に書いてしまうが、俺はどちらも平成の産物だと思う。平成から令和にかけて、自動車メーカーの不正、ジェネリック薬品の品質不正、ロボット産業の衰退(ASIMOなんてあったのにね)、カリフォルニアの連中による新興基幹産業の世界覇権の樹立といったことがあり、日本の「技術立国」という自画像は誰の目にも疑わしくなっていった。こうして「技術」の衰退が決定的となった頃合いになって「技術」を全面に押し出す「だけ」の「政治思想」を掲げるテクノクラート予備軍たちがあらわれるという哀しさは、政府が備蓄米を放出するところまできたこの時節に、憲法草案の前文冒頭を「日本は、稲穂の実る豊かな風土に、」などという噴飯もののファンタジーから始められてしまう参政党の哀しさと通じ合う。彼らは密閉された平成という教室の中で夢を見続けている少年のようなものだ。平成は素人の思いつきを愛する。
*8:https://sanseito.jp/political_measures/, 2025年7月10日閲覧。
*9:どうして「昭和の価値観」などという言い方が可能な精神になったのかという理由を因果的に特定することはもちろんできないが、平成という元号が被った事態は振り返ってみてもいいかもしれない。1989年に昭和天皇が崩御し平成元年となるが、この日本史的事件の2年後、1991年にソ連崩壊という世界史的事件が起こる。21世紀も始まるし、このまま西暦=世界史的な時間が優勢になって元号とかどんどん影薄くなっていくんだろうな〜と思ったら、史上最初の、即位してからずっと象徴天皇制の天皇だった平成天皇という人が上手い人で、最後の最後、いわゆる「『お気持ち』表明」によって急に元号(そして天皇)の存在感が回復した。ソ連崩壊クラスの世界史的事件はそうそう起こらないので、2019年、平成から令和に変わるという日本史的事件はそのまま区切りとしてはっきりした。(後からわかることだが)同じ年からコロナが中国で流行り始めたというのも、「日本史」と「世界史」が2年ズレた平成の頭と対照的だ。平成は「頭がぼんやりしていてケツがはっきりしている」ところがある。まあこれは振り返って30年ちょいもあったらどんな元号にしてもそうなるのかもしれないが。
*10:http://www.shinyawatanabe.net/atomicsunshine/BeateSirotaGordon/interview#part2, 2025年7月11日閲覧
